2020年6月28日(日) 第4主日
『聖霊に励まされて前進し続けたので、信者の数が増えて行った。』(使徒9:31)
世界宣教の発動は、主イエスが約束されていた聖霊が臨むところから始まります。エルサレムの聖徒が増加する中、執事7人の選任により教会は整いました。6章6節までが、ひと段落です。「こうして神のことばは、ますます広まって行き、エルサレムで、弟子の数が非常に増えて行った。そして、多くの祭司たちが次々に信仰に入った。」(使徒6:7)
次の段階は、「こうして教会は、ユダヤ、ガリラヤ、サマリヤの全地にわたり築き上げられて・・」(使徒9:31)までです。執事のひとりステパノの殉教から始まり、エルサレム教会への大迫害と迫害者サウロの回心までの歴史です。散らされた聖徒たちは先々で福音を伝えました。使徒ペテロは、各地で誕生した聖徒たちの群れの支援のために巡回しました。
ペテロの働きで特筆すべき出来事が記録されています。サマリヤでは聖徒たちに聖霊が与えられるように導きました。ルダに住む聖徒たちを訪問し、8年間床についていたアイネヤに出会います。「アイネヤ、イエス・キリストがあなたをいやしてくださるのです。立ち上がりなさい。そして、自分の床を整えなさい。」すると彼はただちに立ち上がった。(使徒9:34)
ルダにいたペテロのもとに、海岸沿いの町ヨッパから使いが来て「すぐに来てください」と頼みました。行って見ると、やもめたちから慕われていた愛の奉仕者タビタの遺体が安置されていました。ペテロはひざまずき祈ったのち、「タビタ、起きなさい。」(使徒9:40)と言いました。すると彼女は目を開け、起き上がりました。
かつてペテロが見たイエスのなさったことを、そのまま行いました。主イエスは、中風で寝たきりの人に、「あなたに言う。起きなさい。寝床をたたんで、家に帰りなさい。」(マルコ2:11)すると彼は起き上がりました。ペテロとイエスとは、中風の人が治ったことは同じですが、ペテロにとっては「イエス・キリストがあなたをいやしてくださるのです。」他方、主イエスにとっては、ご自分の権威において命じて治す行為でした。
死者さえもが生き返らせられました。会堂管理者ヤイロの娘の遺体を前にしてイエスは「タリタ、クミ」(訳せば、少女よ。あなたに言う。起きなさい。)と言われました。ペテロも、「タビタ、起きなさい。」と言い、生き返りました。主イエスは、少女の訃報にも「恐れないで、ただ信じていなさい。」そう告げました。祈りなしで、「子どもの手をとって」その名を呼び、生き返らせました。ペテロは、神の前にひれ伏し、とりなしをして御業をなしとげました。目撃者の誰もが、ペテロではなく、主のイエスの御力によってなされたことを知りました。ペテロのした行為は、イエスを証するための業と言えます。ルダの人は完治したアイネヤを見て、「主に立ち返った。」(使徒9:35)ヨッパの人も同じく、生き返ったタビタを見て、「多くの人々が主を信じた。」(使徒9:42)
ペテロは、その能力においては、まるで預言者エリヤのようです。大胆さにおいては
バプテスマのヨハネのようです。ガリラヤの漁師を召してイエスは、ご自分の器に造り変えて用いられました。これもイエスの御業です。
2020年7月6日月曜日
2020年6月14日(日) 第2主日
『行きなさい。あの人はわたしの名を、異邦人、王たち、イスラエルの子らの前に運ぶ、わたしの選びの器です。彼がわたしの名のためにどんなに苦しまなければならないのかを、わたしは彼に示します。』(使徒9章15~16節)
水を運ぶのには器が要り、泥水を捨てるのにもバケツが要ります。人を運ぶのでさえ乗り物を用います。ことばを届けるのに手紙が要り、手紙を届けるのに誰かの手足が必要です。神のことばを納めるのに書物が要り、それを読み解くのに誰かの唇が要ります。神は運び人を選ばれます。
反対者サウロ
使徒の働き第9章に、サウロの回心の出来事が記されています。著者ルカが、本人から直接聞いた証です。サウロは、キリスト教徒への反対派の急先鋒でした。最初の殉教者ステパノの時にも、殺害に賛同しました。なおもキリスト者迫害への意に燃え続けていました。「サウロは、なおも主の弟子たちを脅かして殺害しようと息巻き、」(使徒9:1)
サウロの回心
それは突然でした。「サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか。」(使徒9:4)
十字架で息絶えたはずのイエスが、彼に直接語りかけるのを聞きました。天からの光によって、目が三日間、見えなくなってしまいました。「目からうろこが落ちる」ようにして、サウロの視力は戻りました。そのように覆われていたものが取り去られ、復活された主イエスを知るに至りました。ここに世界宣教への選びの器、異邦人宣教の器が用意されました。
神の選びの特徴
第1に、愛と赦しに基づく選び。
主イエスに対して反対し迫害している者を選ぶのは、敵を愛し、反対する者をも赦すことでなくてなんでしょうか。福音のメッセージを運ぶのに、多くの罪を赦された者こそが、イエスの御名による罪の赦しの福音を語る器となれるのです。反対者サウロもまた、大きな罪を犯した人です。
第2に、神の大いなる恵みによる選び。
以前のサウロの誇りは、ローマ市民権、生粋のユダヤ人、パリサイ派ガマリエルの門下で、厳格なユダヤ教律法主義者で、かつ、非常に博学でもありました。神の恵みやいつくしみよりも、人間の行いによって得られる義を追い求めた人です。そんな自分が「罪人の頭」であることに気づいたのです。神の恵みにより、信仰によって救われる福音を信じました。もはや、誇るべきものは、主イエスの十字架以外にはないと断言しています。
第3に、選びと苦しみ。
試練を受けたヨブ、荒野での試練を民と共に歩んだモーセの忍耐、自国の滅亡を預言し、亡国を味わう涙の預言者エレミヤ、義のゆえに斬首されたバプテスマのヨハネ。神に選ばれたパウロもまた、イエスの御名のゆえに幾度も苦しみを体験しました。イエスの焼き印をその身におびてさえいました。異邦人の使徒としての選びの器で、名前もパウロになりました。主の選びの器として、生涯、主の御名を運び行く歩みを全うしました。(ピリピ3章)
『行きなさい。あの人はわたしの名を、異邦人、王たち、イスラエルの子らの前に運ぶ、わたしの選びの器です。彼がわたしの名のためにどんなに苦しまなければならないのかを、わたしは彼に示します。』(使徒9章15~16節)
選びの器
器が入用水を運ぶのには器が要り、泥水を捨てるのにもバケツが要ります。人を運ぶのでさえ乗り物を用います。ことばを届けるのに手紙が要り、手紙を届けるのに誰かの手足が必要です。神のことばを納めるのに書物が要り、それを読み解くのに誰かの唇が要ります。神は運び人を選ばれます。
反対者サウロ
使徒の働き第9章に、サウロの回心の出来事が記されています。著者ルカが、本人から直接聞いた証です。サウロは、キリスト教徒への反対派の急先鋒でした。最初の殉教者ステパノの時にも、殺害に賛同しました。なおもキリスト者迫害への意に燃え続けていました。「サウロは、なおも主の弟子たちを脅かして殺害しようと息巻き、」(使徒9:1)
サウロの回心
それは突然でした。「サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか。」(使徒9:4)
十字架で息絶えたはずのイエスが、彼に直接語りかけるのを聞きました。天からの光によって、目が三日間、見えなくなってしまいました。「目からうろこが落ちる」ようにして、サウロの視力は戻りました。そのように覆われていたものが取り去られ、復活された主イエスを知るに至りました。ここに世界宣教への選びの器、異邦人宣教の器が用意されました。
神の選びの特徴
第1に、愛と赦しに基づく選び。
主イエスに対して反対し迫害している者を選ぶのは、敵を愛し、反対する者をも赦すことでなくてなんでしょうか。福音のメッセージを運ぶのに、多くの罪を赦された者こそが、イエスの御名による罪の赦しの福音を語る器となれるのです。反対者サウロもまた、大きな罪を犯した人です。
第2に、神の大いなる恵みによる選び。
以前のサウロの誇りは、ローマ市民権、生粋のユダヤ人、パリサイ派ガマリエルの門下で、厳格なユダヤ教律法主義者で、かつ、非常に博学でもありました。神の恵みやいつくしみよりも、人間の行いによって得られる義を追い求めた人です。そんな自分が「罪人の頭」であることに気づいたのです。神の恵みにより、信仰によって救われる福音を信じました。もはや、誇るべきものは、主イエスの十字架以外にはないと断言しています。
第3に、選びと苦しみ。
試練を受けたヨブ、荒野での試練を民と共に歩んだモーセの忍耐、自国の滅亡を預言し、亡国を味わう涙の預言者エレミヤ、義のゆえに斬首されたバプテスマのヨハネ。神に選ばれたパウロもまた、イエスの御名のゆえに幾度も苦しみを体験しました。イエスの焼き印をその身におびてさえいました。異邦人の使徒としての選びの器で、名前もパウロになりました。主の選びの器として、生涯、主の御名を運び行く歩みを全うしました。(ピリピ3章)
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