2024年12月4日水曜日

 2024年11月17日(日) 第3主日

『ただし、少しも疑わずに、信じて求めなさい。疑う人は、風に吹かれて揺れ動く、海の大波のようです。その人は、主から何かをいただけると思ってはなりません。そういう人は二心を抱く者で、歩む道すべてにおいて心が定まっていないからです。』ヤコブ 1章5~7節

一つであること

 両目、両足、両手で肉体は機能しています。心臓は右と左とで壁で仕切られてはいますが、一つ働きをしています。肉体に宿る魂と霊は、私の魂、私の霊であって私自身です。これらすべての統合体が、一人の私です。歴史上数えることのできない人が存在していますが、私は二人と存在しません。

 人が作り出したすべての物には名前が付けられています。「計算する人」「電脳」と言えばコンピューターです。ウィルスさえも名前が次々と付けられて行きます。名前こそ、固有の存在を示すものです。私たちに名前を付けたのは創造主で「人」とつけました。由来は、土の塵から造られたことにあります。確かに、私たちの身体の6割以上は水でできていて、あとはタンパク質や糖、そして若干のミネラルです。それが私たちの原材料で、ある人が計算したら材料費は5万円ぐらいだそうです。確かに、私たちは土の塵(ちり)です。土で造られた器は壊れやすく、かけやすい物です。人は弱い葦、すぐ消える燈心の炎、熱波が襲えば枯れてしまう草花に例えることができます。地上最強の生き物で神の作品の第1のもの「河馬:ベヘモテ」(ヨブ40:15~24)と比べてあまりにも弱いのです。しかし、その弱さを持つ人に、大きな使命を託されました。海の魚、空の鳥、地のすべてのものを支配するように言われました。

 創造主はそのように人をお造りになりました。ところが、制御できない機能もあります。舌を使って発する「ことば」です。船舶の舵は小さいものですが、大型船をあやつります。舌も小さなものですが、大きな影響力をもっています。「舌を制御することができる人は、誰もいません。」(ヤコブ3:8)それどころか絶えず迷い、後悔し、二人の私が同居しています。本来の姿から落ちてしまいました。再創造が必要です。

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