2018年3月11日(日) 第2主日
『御子を信じる者は永遠のいのちを持つが、御子に聞き従わない者は、いのちを見ることがなく、神の怒りがその上にとどまる。』(ヨハネ 3章36節)
永遠のいのち永遠のいのちについて考えてみましょう。
神は永遠に存在されるお方です。初めもなく、終わりもなく、年を経て変化することがありません。涌き出づる泉の水のように、そのいのちはあふれ流れ出て、万物にそそがれています。
それに対して人は、姿も、ものの考え方も、性質さえも変化します。その命には終わりと限りがあります。自分の命を自由に与えることさえできません。また、失えば、2度と取り返すことができません。湧きいずる命の泉を自分のうちにもっていません。やがては枯れてしまいます。「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。また、生きていてわたしを信じる者は、決して死ぬことがありません。」(ヨハネ11:26)
明らかに主イエスは、ご自分のうちに永遠のいのちをもっておられたことがわかります。いのちの君であるイエスを死の中にとどめおくことなどできません。必ず甦られます。永遠のいのちが死で消えるはずも終わるはずもありえません。
主イエスは、信じる者に永遠のいのちを与えるこができます。命を与えても、与えても、与え尽くしても、決して枯れることのないのが神の永遠の命です。
イエスを信じる者は、イエスのようにたとい死んでもよみがえります。決して死にません。
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